2024年4月1日の労働安全衛生法の改正によって、研究施設や工場などの各事業場では化学物質管理者の選任と、リスクアセスメントの実施が義務化されました。
義務の対象となっている事業場では、労働者の安全確保と法令適合のために対応が急務となっているでしょう。
本記事では「化学物質管理者」とは何か、その選任義務の対象から、資格要件や教育の内容、具体的な職務など、法改正のポイントを分かりやすく解説します。企業が法令遵守を確実に行い、従業員の安全を守るために必須の対応になっておりますので、ぜひご活用ください。
化学物質管理者は最新の労 働安全衛生法において「事業場における化学物質の管理に係る技術的事項を管理するもの」として位置付けられており、化学メーカーや工場で使用される化学物質の安全管理を担当する者のことを指します。
化学物質管理者は主に、化学物質が人体や環境に与えるリスクを最小限にするため、さまざまな安全対策やリスクアセスメントを行います。具体的な業務内容に関しては、後述の「化学物質管理者の職務」で解説しています。
化学物質管理者という役職自体は以前より、化学物質のリスクアセスメントを行う際の方針を示した「化学物質の有害性または危険性等の調査に関する指針(厚生労働省)」に定義されていました。2024年4月の法改正後には、リスクアセスメント対象物を取り扱っているすべての事業場に対してその選任が義務化される形となります。義務対象の詳細な範囲については後述します。
化学物質管理者は事業場において総括安全衛生管理者などのもとでリスクアセスメント時の技術的事項を管理します。総括安全衛生管理者は一般的に事業場における事業全体の実施を総括管理するもののことで、工場長や事業場長などの事業場のトップが該当しま す。化学物質管理者は事業者全体としての選任ではなく、事業場ごとに選任義務が発生する点に注意してください。
そのもとで化学物質管理者は保護具着用管理責任者やその他事業場職員等に指示を出しながらリスクアセスメントなどの業務を行います。
なお、保護具着用管理責任者とは保護具を使用する事業場に対して選任が義務付けられる役職のことで、保護具の選定や管理を行います。
化学物質管理者の事業場内での位置付けを表したものが次の図になります。
リスクアセスメントとは、作業における危険性や有害性を特定し、それによる労働災害や健康障害のリスクを見積もり、対策の優先度やリスク低減措置を決定するまでの一連の手順を言います。リスクアセスメントは労働安全衛生法では、第57条の3第3項に「危険性または有害性の調査」と規定されているものです。
リスクアセスメントは「リスクアセスメント対象物」という物質群に対しては実施義務が定められており、それ以外の物質に対しても努力義務が定められています。リスクアセスメントは化学物質管理者が管理すべき職務の一つです。
リスクアセスメント対象物は、労働安全衛生法においてSDS交付およびラベル作成が義務付けられている物質のことであり、現在では896の物質が対象となっています。具体的な物質名に関しては厚生労働省の「ラベル表示、SDS交付義務対象物質一覧」から確認することができます。
また、リスクアセスメント対象物の範囲は今後の法改正により拡大していくことが決定しています。2026年4月までには約2300の化学物質がその対象となるとされているため、現在化学物質管理者の選任やSDSの作成の義務対象でない事業場もいずれ対象となりうる点に注意が必要です。
【参考】ケミサポ:リスクアセスメント対象物のリスト
関連記事:【2025最新】リスクアセスメント対象物について:一覧や化学物質管理との関係について解説
化学物質管理責任者は化学物質管理者の誤 用になります。厚生労働省のページでも化学物質管理者と記載されています。
労働安全衛生法とは、労働者の安全と健康を確保し、快適な職場環境の形成を促進するための法律です。この法律は労働環境の変化や新たなリスクに対応するため、近年複数回の改正が行われています。
2024年4月の改正は、2022年より推進されていた「自律的な化学物質管理」に関する規定を定めたものです。通知・表示対象物の追加や、SDSの更新・通知に関することなどさまざまなことが定められましたが、その中でも最も影響インパクトともに大きかったのが化学物質管理者の選任義務化になります。
なお、2024年の改正内容については、別記事「【2024年】労働安全衛生法の改正まとめ:化学物質管理体系の変更について一覧で解説!」でまとめていますので、ご覧ください。
今回の改正の背景には化学物質による労働災害をめぐる状況があります。
産業界で使用される化学物質の種類は年々増加しており、現在利用されているだけでもその数は7万以上あると言われています。一方で、従来から日本では一つ一つの物質に対して危険性・有害性の確認や、それに対する取り扱い方法、保護具の着用などを各個法律で規定する「個別規制型」の化学物質管理が取られており、未評価の化学物質も多く存在しました。この状況を逆手にとって、一部の工場などでは、使用していた化学物質が特定化学物質等に指定されるとその物質の使用をやめ、規制の緩い似たような物質を十分な安全性の確認をせずに使うといったことが行われていました。
こうして規制外の物質に対する労働者のばく露リスクが増加し、化学物質による労働災害の約8割が、規制対象外の物質によるものとなっていたのです。
このような状況に陥っていた原因の一つとしては、中小企業内のノウハウ不足があります。平成29年のデータでは化学物質のリスクアセスメントの実施率は50%強であり、実施しない理由としては「人材がいない」「方法がわからない」といったものが多かったのです。
こうした背景から、職場内での化学物質による健康障害や環境への影響が懸念されるケースが増え、法的にリスクアセスメントの実施と管理者の選任が求められるようになりました。
こうした状況を踏まえて、2022年には「自律的な化学物質管理」を掲げた労働安全衛生法の改正内容が公布されました。
自律的な化学物質管理では、従来の個別規制型の化学物質管理と異なり、事業者には主体的に職場で使用する化学物質の危険性や有害性を評価し、その結果に基づいて適切なばく露防止措置をとることが求められます。したがって、事業者には法令の遵守に限らず労働者の安全という結果が求められる形になります。
今回の改正は、自律的な化学物質管理という指針のもと施行される内容となります。
化学物質管理者の選任義務以外には、具体的に次の表のような改正が行われました。それぞれの改正内容の詳細については別記事「【2024年】労働安全衛生法の改正まとめ:化学物質管理体系の変更について一覧で解説!」を参照してください。
労働安全衛生法は今後も改正予定が定められています。具体的には、2023年8月30に交付されていた労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令が2025年の4月1日に施行されるほか、2026年までには先述のとおりリスクアセスメント等の規制対象物質を約4倍にまで拡大する改正がなされます。
2025年の改正内容については、別記事「【2025年4月1日】労働安全衛生法の改正まとめ:義務対象物質の追加や労働者以外の保護措置について解説」でまとめています。
化学物質を扱う事業者は、こうした化学物質に関する法改正を迅速に把握し、適切な対応をとっていく必要があります。スマートSDSは労働安全衛生法や化審法などの化学物質に関する法改正が行われた際にメールアラートでそれを通知しているほか、改正内容に対応したSDSの一括更新機能などを搭載しています。今後の法改正にお悩みの事業者様はぜひお試しください。
改正労働安全衛生法では、業種・規模に関係なくリスクアセスメント対象物を製造、取扱、または譲渡提供する全ての事業場に対して化学物質管理者の選任が義務付けられています。
また、リスクアセスメント対象物質の取扱量による選任義務の適用除外の規定はないので、少量でもリスクアセスメント対象物質を扱っていれば選任義務が発生します。
繰り返しになりますが、リスクアセスメント対象物とはSDS交付およびラベルの作成が義務付けられている物質のことです。厚生労働省のサイトから詳しい物質名が確認できます。
この改正のポイントは、対象となる物質を製造している事業場だけでなく、取り扱っているだけの事業場に対しても選任が義務化されている点です。例えば、化学品の製造は行わず流通のみを請け負っている商社などの卸売事業者も義務対象となります。この点に関しては別記事「商社のSDSの扱いと化学物質管理者の選任義務化に対する対応:労働安全衛生法改正に基づいて解説」で詳しく解説していますので合わせてご覧ください。
また、この選任は対象となる企業全体としてではなく、工場、店社、営業所など個別の事業場ごとに選任をする形になりますが、業務に支障がない範囲であれば複数事業場での兼任も可能です。また、事業場の状況次第で複数人の選任も可能です。
ただしこの義務には労働安全衛生法に定められた例外事項が存在します。それによると、「一般消費者の生活の用に供する製品」のみを扱っている場合は対象外となります。つまり、店頭に並ぶような一般的な消費者が購入して使用することを想定した製品のみを扱っている場合は化学物質管理者の選任義務はないということになります。
しかし、扱っている製品が業務用であるか消費者用であるかの判断は難しい場合があります。一般消費者の生活の用に供する製品に関しては別記事「一般消費者の生活の用に供される製品とは? 労働安全衛生法に基づくSDS交付義務の判断基準を具体例をもとに解説」で詳しく解説していますが、自社での判断が難しい場合は必ず専門家の判断を仰ぐようにしてください。
スマートSDSではプランに応じて厚生労働省委託企業であるテクノヒルのメール・電話サポートを受けることが可能ですので、判断が難しい場合はぜひご利用ください。
化学物質管理者の選任要件は労働安全衛生法により「化学物質の管理に係る技術的事項を担当するために必要な能力を有すると認められる者」と定められていますが、化学物質管理者という資格は存在しないためその選任は事業者の裁量に委ねられています。
ただし、リスクアセスメント対象物を製造する事業所においては、化学物質管理者に選任される方は、厚生労働大臣が示す内容に従った専門的講習を受けていなければなりません。
なお、講習は中央労働災害防止協会など、各種団体が開催しているものがあり、団体のサイトなどで詳しい情報を確認できます。
必要な科目及び範囲に関しては以下の表を参考にしてください。
化学物質管理者に選任されるものは上記の講習を受講したものであることが望ましいですが、次の二つの場合には講習を受講する必要がありませんのでご確認ください。
次の表にある資格をお持ちの方は対応する科目の講習の受講を免除することができます。
上記の講習の受講が必要なのは、リスクアセスメント対象物を製造している場合のみです。そもそもリスクアセスメント対象物を取り扱っていない場合や、リスクアセスメント対象物を扱ってはいるが製造はしていない場合は講習の受講は必要ありません。
ここでややこしいのが、リスクアセスメント対象物を扱ってはいるが 製造していない場合です。これには商社のような流通のみを受け持っている事業場が当てはまるかと思いますが、この場合には化学物質管理者の選任は義務だが、講習の受講は必須ではないということになります。
ただし、そういった場合でも化学物質管理者に選任されるものはその職務を担当するのに必要な能力を有するものである必要があり、上記の資格や講習を受講したものが望ましいのはもちろんのこと、次に示す化学物質管理者講習に準ずる講習を受講している者から選任することが推奨されています。
化学物質管理者講習に準ずる講習は、化学物質管理者講習と科目は同じですが、それぞれの時間が短くなっているのに加えて実習がありません。
化学物質管理者の職務は、事業場における化学物質の危険性を管理することですが、その職務は大きく二つに大別できます。
これらの職務は労働安全衛生法により具体的に7つの項目で記載されています。そのうち一つ目の「ラベル表示及び安全管理シート(SDS)交付」のみが「自社製品の譲渡・提供先への危険有害性の情報伝達に関する職務」にあたり、それ以外は「自社の労働者への安全衛生確保に関する職務」にあたります。以下それぞれについて解説します。
リスクアセスメント対象物は同時にSDS交付義務とラベル作成義務の対象物質でもあります。SDSとは化学品を譲渡・提供する際に提供先にその化学品の危険性や取扱方法を伝達するために交付されるもので、ラベルはその内容を絵表示などを用いて端的にわかりやすく示したものです。
SDS交付およびラベルの作成は化学や法律に関する知識を必要とする専門性の高い業務になります。化学物質管理者はこの業務の管理を行います。
なお、SDSに関してはこちらの記事「【2024年最新版】SDSとは? 作り方の流れや交付義務、MSDSとの違いについても簡単にわかりやすく解説!」で詳しく解説しておりますので、必要に応じてご覧ください。
前述の通り、この業務は専門性の高いものになりますので、化学物質管理者にラベル作成およびSDS交付を行うための知識・経験が乏しいことが考えられます。その場合には、内部の担当者または外部の事業者に委託する形で実施しても構わないとされています。その場合であっても、分類結果及びラベル、SDSの内容の適切性に関しては製品を提供する事業者が化学物質管理者の元で行う必要があります。
SDSは今後の法改正でも規制が強まることが決定しています。今後法改正を受けて生じる課題について、以下の資料でまとめていますので併せてご利用ください。
リスクアセスメント対象物を扱う全て の事業者は、対象物質に対してリスクアセスメントを行う義務があります。化学物質管理者は、その推進並びに実施状況を管理します。
具体的には、以下の業務を担当します。
リスクアセスメントの実施は化学物質管理者の選任義務が生じている事業場に対して義務であるだけでなく、これ以降の化学物質管理者の業務の基礎ともなっているため適切に実施するようにしましょう。
こちらの厚生労働省のサイトでは、リスクアセスメントを行う際の手順や実施を支援するツールなどがまとめられています。
また、リスクアセスメントの技術的な部分については、内部の担当者または外部専門家・機関等を活用し、相談・助言・指導を受けてもよいとされています。