更新:2026.09.25スマートSDSメディア編集部

2026年8月24日、厚生労働省は、労働安全衛生規則の一部を改正する省令案を、e-Govのパブリックコメントで意見募集する形で公表しました。公表資料は、厚生労働省労働基準局安全衛生部化学物質対策課が作成した「労働安全衛生規則の一部を改正する省令案(概要)」です。改正の趣旨、追加する通知事項、根拠条項、公布・施行予定が2ページにまとめられています。
公布は2026年10月、施行は2030年4月が予定されています。案どおりに施行されれば、SDSなどで通知しなければならない事項に以下4つの情報が加えられることになります。
今回の改正は、SDSを受領・参照した事業者が、適切なリスクアセスメントを実施するために、物質の特定や保護具の選択、適用法令の確認まで行いやすくすることを目的としています。一方、SDSを発行する企業には、製品ごとの情報収集と記載の見直しが必要になります。営業秘密として成分名を伏せることが認められる制度との関係など、整理すべき論点も残っています。
追加される通知事項 | 実務上の意味 | 主に確認するSDS項目 |
|---|---|---|
成分を特定できる固有の番号 | 同義語だけでは判別しにくい物質を特定し、対象法令や有害性情報を照 合しやすくする | 第3項 組成及び成分情報 |
成分に応じた呼吸用保護具の種類 | 防じん用か防毒用か、防毒用であれば吸収缶の種類まで判断しやすくする | 第8項 ばく露防止及び保護措置 |
不浸透性保護手袋に不適切な材料 | 選んではいけない材質を明示する | 第8項 ばく露防止及び保護措置 |
成分ごとに適用される法令情報 | 混合物全体の記載だけでなく、成分ごとに適用される規制を確認しやすくする | 第15項 適用法令 |
2026年10月の公布から2030年4月の施行までに、約3年半の準備期間が想定されている点からも、個別のSDSを数件修正するというより、原料情報の収集、SDS作成ルール、取引先との情報連携を抜本的に見直すことを求める改正と考えられます。
本記事では、今回の改正案の内容と背景を確認したうえで、パブリックコメントの仕組み、既存制度との関係、企業実務への影響を解説します。
パブリックコメントは、国の行政機関が政令や省令などを定める前に法律案を公表し、それに対する意見を広く募集する行政手続です。行政手続法に基づく意見公募手続では、原則として30日以上の提出期間を設け、寄せられた意見を十分に考慮したうえで、最終的な内容と行政機関の考え方を公示します。
今回も、パブリックコメントの受付開始が2026年8月24日、受付締切日時は2026年9月23日と設定されています。
パブリックコメントは、案に対する賛成意見が多ければ採用され、反対が多ければ撤回される仕組みではありません。法令案に技術的な誤りや実務上の支障がないか、規定が曖昧ではないかを確認する手続です。そのため、単なる賛否よりも、具体的な製品例、作業条件、修正文案、必要な準備期間を示した意見の方が検討材料になりやすいと考えられます。
また、意見を提出した企業名や個人名がそのまま公表されるとは限りません。結果公示では、類似の意見をまとめて概要とし て示し、それに対する行政機関の考え方を掲載する運用が一般的です。
労働安全衛生法令の改正では、法律の方向性が審議会や検討会報告で示され、その後、政令案、省令案、告示案、指針案などの段階でパブリックコメントが行われることがあります。化学物質管理に関しても、SDS通知方法、裾切値、濃度基準値などについて意見募集が実施されてきました。
案件 | テーマ | 募集時期 | 提出意見数 | 案の修正 |
|---|---|---|---|---|
SDS・ラベルの内容および通知方法 | 2022年3月22日から4月20日 | 12件 | なし | |
濃度基準値 | 2023年2月25日から3月26日 | 18件 | あり | |
裾切値 | 2023年9月5日から10月4日 | 29件 | あり |
上記の通り、意見を受けて案の修正が行われる場合もあれば、行われない場合もあります。案文が変わらなくても、結果公示で対象範囲や判断基準が説明され、その後の通達、Q&A、マニュアルに実務上の解釈が反映されることもあります。
厚生労働省は、2024年の改正施行によって、個別物質ごとに使用方法を細かく規制する仕組みから、危険性・有害性が確認された物質を事業者自身がリスクアセスメントし、結果に応じて対策する自律的管理へと移行を進めてきました。この仕組みでは、化学品を受け取る側がSDSから必要な情報を読み取り、危険性の評価および低減措置を実施できることが前提となります。
ところが、現在のSDSでは、同じ物質に複数の名称が使われる、混合物中のどの成分にどの法令が適用されるか分かりにくい、保護具が一般的な表現にとどまる、といった問題も散見されることがります。
そういった背景もあり、2025年1月の労働政策審議会建議で上記4つの情報を追加する必要性が議論されました。本建議の中で重要なポイントとして、2030年4月に施行されることが決まっている「SDSによる危険性・有害性情報の通知義務違反の罰則」に合わせて、今回追加される必須通知事項も、罰則付きの通知義務に含まれることも説明されています。つまり、このままいくと2030年4月以降に、現状のSDS・ラベルのままにしておくと罰則対象となる可能性がある、ということです。
改正概要では、成分を特定できる、その成分に固有のものとして広く用いられる番号を通知事項に追加するとしています。検討会報告ではCAS登録番号などが例示されましたが、概要の表現はCAS番号だけに限定していません。その背景として、CAS番号が存在しない物質や、物質群として規制さ れるものも存在することが関わっています。
番号表示が徹底されることで、SDS受領側は、物質名の表記揺れや別名に左右されず、法令対象物質や有害性情報と照合しやすくなるという利点があります。
なお、CAS登録番号は民間機関が管理する識別番号です。専門家検討会では、番号の利用に関するライセンスや、CAS番号がない物質への対応を懸念する意見も出ました。最終的な省令や通達では、CAS番号以外にどの番号を認めるか、番号がない場合をどう扱うかが重要になります。
現在のSDS第8項では、呼吸用保護具について「適切な呼吸用保護具を着用する」といった記載にとどまる例があります。しかし、現場で必要なのは、防じん用か防毒用か、防毒用であればどの種類の吸収缶を使うかという具体的な情報です。
専門家検討会は、呼吸用保護具を使用する場合に選択すべき種類を通知し、防毒用の場合は成分に応じた吸収缶の種類も通知する考え方を示しました。ここで注意したいのは、SDSに呼吸用保護具の種類を書くことが、すべての作業で着用を一律に義務付ける意味ではない点です。検討会報告も、使用する場合の選択情報を示す趣旨だと説明しています。実際に着 用が必要かは、作業条件とリスクアセスメント、特別規則などを踏まえて判断します。
保護手袋は、材質によって化学物質に対する耐透過性が異なります。「不浸透性保護手袋」とだけ書かれていても、ニトリル、ブチルゴム、ネオプレンなどのうち、どれを選べばよいか分からない場合があります。
改正案は、推奨材質を一つに決める方法ではなく、成分に応じて不適切な材料を通知する、いわゆるネガティブリストの考え方を採用しています。これは、製品の用途、接触時間、手袋の厚さなどによって適切な選択肢が変わるためです。使用可能時間までSDSだけで決められるわけではないため、受領側はSDSを入口として、メーカーの耐透過データや厚生労働省の選定マニュアルを確認する必要があります。
検討会報告では、特別規則の適用物質、危険物、リスクアセスメント対象物、皮膚等障害化学物質、がん原性物質、濃度基準値設定物質などについて、含有成分ごとに規制が適用 されることを通知すべきだとしています。
混合物全体について法令名を並べるだけでは、どの成分が根拠なのか分からず、裾切値や作業条件を確認しにくいことがあります。成分と区分が結び付けば、SDSを受け取った事業者は、自社の使用条件で必要な措置を調べやすくなります。
ただし、どの区分を必須とするか、SDS第3項と第15項のどちらに、どの粒度で書くかは、概要だけでは把握し切れません。省令本文、施行通達、記載例の公表を待って判断する必要があります。
2026年4月から、一定の条件を満たす通知対象物については、営業秘密である成分名をそのまま示さず、代替化学名などで通知できる制度が施行されています。そこに成分を特定できる番号の通知義務が加わると、CAS番号から実際の成分名が分かり、営業秘密を守れないのではないかという疑問が生じます。両者は、一見すると矛盾するようにも見えます。成分名を代替化学名に置き換えても、真の成分に対応するCAS登録番号をSDSに記載すれば、公開データベースなどから成分を特定できる可能性が高いためです。
もっとも、厚生労働省の「SDSに記載するための代替化学名等作成マニュアル」を見ると、代替化学名制度は、単に正式な化学名を別の名称に置き換えるだけの仕組みではありません。代替化学名から実際の成分が特定されるおそれがある場合には、名称の複数の要素をマスキングする方法や、一定の場合には人体に及ぼす作用を通知する方法も示されています。制度上、実際の成分を特定できない状態を確保することが意識されていると考えられます。
この制度趣旨を踏まえると、代替化学名等の使用が適法に認められる成分についてまで、真の成分を直接特定できるCAS登録番号等の通知を一律に求める運用にはならない可能性があります。通常の通知対象成分については成分名とCAS登録番号等の双方を通知し、営業秘密として代替化学名等を使用できる限定的な成分については、CAS登録番号等にも何らかの例外を設けるという整理が考えられます。
ただし、今回公表された省令案は概要であり、代替化学名等を使用する場合のCAS登録番号等の取扱いまでは明記されていません。「その他所要の改正」に調整規定が含まれる可能性もありますが、現時点で具体的な運用を断定することはできません。
事業者にとっては、代替化学名等を使用する成分の番号欄 に「営業秘密」などと記載するのか、空欄が認められるのか、あるいは真の成分を特定できない別の識別情報を記載するのかが、実務上の重要な論点となります。最終的な省令の条文に加え、今後示される施行通達やQ&Aなどを確認する必要がありそうです。
今回の改正を最も歓迎しやすいのは、SDSを受け取り、実際の作業に合わせてリスクアセスメントを行う事業者です。
改正後は、呼吸用保護具や吸収缶の種類、避けるべき手袋材質がSDSから分かりやすくなると期待されます。成分を特定できる番号と、成分ごとの法令区分がそろえば、物質名の表記揺れに迷うことも減り、特化則や有機則、皮膚等障害化学物質、濃度基準値設定物質などの該当性を確認しやすくなります。化学物質管理を兼務している担当者や、専門家が常駐していない中小事業場にとっては、調査の入口がSDSに集約されることに意味があります。
現場の労働者にとっても、選ぶべき保護具が具体的になることはメリットです。曖昧な指示のまま、手元にある手袋やマスクを着用する運用が減れば、形式的な保護具着用ではなく、対象物質に合った対策につながります。
一方、化学品メーカー、調合メーカー、輸入者、商社にとっては、制度の効果より先に作業負担が見えます。自社が最終組成を把握しているメーカーであっても、成分ごとの識別番号、国内法令区分、吸収缶、手袋材質の根拠を製品単位で確認し、多数のSDSを改訂しなければなりません。これまで一般的な表現で済ませていた第8項について、どこまで具体的に書けば適切かという新たな判断も生じます。
特に難しい立場に置かれるのが、原料メーカーとユーザーの間にいる調合メーカーや商社です。川上から提供された原料SDSに必要な情報がなければ、自社だけでは正確な記載ができません。海外メーカーのSDSを基に日本語SDSを作成する輸入者は、日本独自の法令区分を調べる必要もあります。川下からは詳しい情報を求められる一方、川上からは営業秘密を理由に十分な情報を得られないという板挟みも想定されます。
また、既存製品が多い企業では、改訂対象の特定、原料情報の回収、SDS作成システムの改修、取引先への再通知が同時に発生します。施行まで約3年半あるとはいえ、数千製品を扱う企業にとっては短い可能性があります。法令の趣旨には賛成でも、記載基準や公的な参照データが整わないまま発行者だけに責任が寄ることへの懸念は強く出るでしょう。
本社の化学物質管理部門、品質保証部門、安全衛生部門にとっては、成分と法令、保護具情報が結び付くことで、SDSの点検や事業場への指示を標準化しやすくなります。紙やPDFを人が読み比べていた企業では、記載項目が一定になれば、法令照合、改訂差分の確認、保護具情報の抽出をシステム化しやすくなる点も評価されます。
ただし、情報が詳しくなるほど、受け取ったSDSを保管するだけでは足りなくなります。自社の作業条件に合わせて必要な保護具を決め、現場へ伝え、法令区分に応じた措置へつなげる責任は、引き続き化学物質を取り扱う事業者側にあります。SDSの記載が具体的になったことを理由に、リスクアセスメントを省略できるわけではありません。
改正への評価は、最終的に示される記載基準によって変わります。CAS番号がない物質、複雑な反応生成物、天然由来物質、物質群をどう扱うのか。吸収缶や手袋材質をどのデータに基づいて判断するのか。使用条件によって適否が変わる情報を、SDS上でどこまで断定するのか。これらが曖昧であれば、発行者ごとに表現がばらつき、受領側も安心して使えません。
営業秘密制度との関係も同様です。代替化学名を認めながら、実成分を特定できる番号の記載を一律に求めれば制度同士が矛盾します。例外と記載方法が明確に示されれば、安全情報の充実と営業秘密の保護を両立できますが、示されなければ、発行者は過剰開示と記載不足の間で判断に迷うことになります。今回のパブリックコメントでは、改正の賛否だけでなく、こうした運用上の境界を具体的に確認することが重要です。
施行は2030年4月の予定であり、現時点で全SDSを直ちに改訂する必要はありません。ただし、取り扱う製品数が多い企業ほど、情報が不足している原料や製品を早めに把握しておくと対応しやすくなります。まずは次の点を確認するとよいでしょう。
特に、法令該当性と保護具情報を個々の担当者が都度調べている企業では、施行直前に一括対応すると負担が集中します。製品台帳と原料SDSをひも付け、不足情報を洗い出すところから始めると、改正内容が確定した後の改訂作業を減らせます。
今回の案に意見を出す場合、賛成または反対だけでなく、どの製品群で何が判断できないかを具体的に示すことが重要です。例えば、次のような論点が考えられます。
改正の方向性そのものは、SDSを受け取る側にとって有用です。一方、情報の根拠や例外、記載方法が曖昧なまま義務化されると、SDSごとに表現がばらつき、かえって判断しにくくなる可能性があります。現場で再現できる記載基準と、公的な参照データの整備をセットで求めることが、実務的な意見になります。
今回の改正案は、SDSに記載される情報を、危険性の説明から具体的な管理判断につなげる内容です。成分を特定する番号、呼吸用保護具と吸収缶、不適切な手袋材質、成分ごとの法令区分が明確になれば、受領側はリスクアセスメントを進めやすくなります。
一方、発行側には、原料情報の収集と法令判定、保護具情報の根拠確認、既存SDSの改訂が必要です。営業秘密制度との関係を含め、改正概要だけでは判断できな い点もあります。今後公表される省令本文、通達、Q&A、記載例を確認しながら、自社のSDSと原料情報の棚卸しを進めることが現実的な準備になります。